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あの日、太陽の塔が、君を変えてしまった

 

あれはある日の夕方頃だったでしょうか。

ジャスが流れるすてきなカフェで君とおしゃべりをしていたのは。

 

何気ない会話だったのです。

最近、わたしが文書を書いてるものですから、ふと君に尋ねたのです。

君は仕事の合間を見つけてよく読んでくれていました。

 

「最近、みんなに気軽に楽しんでもらいたいって思って書くのも楽しいし、何か真剣に静かに書くのもどっちも楽しいんだよね。君は読んでてどっちが好き?」

 

すると、それまで和やかにおしゃべりを楽しんでいたのに、君はカッと目を見開いてこう言ってきたのです。

 

 

 

「お前、太陽の塔のこと、忘れてないよな? ああいうお前の側面しかなかったら、お前、やばいやつだから。 だから、どっちも書けや」

 

 

 

太陽の塔……。

 

ああ、あの日のことです。

 

やっぱり君は、覚えていた……。

 

許してもらえると思ってた。

 

嗚呼、優しい日差しの中の午睡のように、それは淡い夢だったのか。

 

 

 

あれは暑い夏の日でした。

 

まだ学生だったわたしが夜行バスを降りるなり、蝉の声がわんわんと降り注ぎ、押しつぶされてしまいそうでした。

 

そうです。

4年前のあの日、私たちは大阪に転勤になった君を訪ねて、仲の良い友達と3人で大阪に行った時のことでした。

 

私たち3人は、大学院に行くなどして、まだ学生でした。

君だけが、社会人でしたし、また、縁もゆかりもない土地で一人頑張る君を応援したいと思い、ちょうど君の誕生日だったことも合間って、3人で東京から会いに行ったのです。

 

私たちはまず、お腹も空いていましたので、道頓堀のあたりに行こうと言いました。

そこで、グリコのポーズをしてみたり、くいだおれ人形と仲良くなったりしながら、美味しいお好み焼きを食べ、愉快な時を過ごしていました。

あの時食べたお好み焼きは、東京で食べるそれよりもずっと美味しいものでした。 

 

 

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これは、友人の一人、はるちゃんです。

右は、くいだおれ人形さん。

 

 

お腹も満たされたことだし、と私たちは次の行き先を考えました。

 

「そうだ! 太陽の塔みたい! そういえば、今はひまわり畑もすごいらしいよ!」

 

誰が言ったのでしょうか。

 

誰が言い出したのか、記憶は定かではありませんが、大阪万博記念公園に行くことにしたのです。

 

あの日は溶けるように暑かった。

若干溶けていました。

いや、ほとんど融けていました。

 

しかし、初めて見る太陽の塔は不思議な吸引力がありました。

 

 

 

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「ウェーイ!」

 

太陽の塔ごっこをしたりもしました。

 

この時の感動が、私たちを狂わせて行くとは、ついに気がつくことはなかったのです。

 

 

 

その日は大阪市内で美味しい串揚げを食べ、私たちはホテルに戻り、翌朝神戸に向かいました。

 

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わたしは夜が賑やかな街がすきです。

人の暮らしの気配がするから。

 

 

 

さて、神戸に着きました。 

 

神戸には北野異人館街というすてきな場所があります。

わたしは家族とも訪れたことがありましたが、雰囲気がすきで二度目となる今回も瑞々しい気持ちで楽しんでいました。

 

異人館街の雰囲気はこんな感じです。

www.kobeijinkan.com

 

さて、異人館の冷気にも癒されながら、真夏の神戸を散歩するのはとても楽しいものでした。

レンガ模様の道も建物も、遠い異国の気配とともに、甘い神戸のノスタルジアに満ちていました。

 

この写真は、うろこの家だったでしょうか、とある館の中で撮った写真です。

 

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左がみーちゃん、右がのんちゃんです。

 

のんちゃんの目がキラキラですね。

神戸の郷愁に心が躍ったのでしょうか。

いいえ、違います。

のんちゃんがこういう目をしているときは、だいたい悪いことを考えています。

わたしが以前こんな目をして言われたことは「ビールかけしよう〜」でした。

「おさんぽしよう〜」とか「お茶しよう〜」と同じ穏やかさでで言われるので、ついつい快諾しがちです。そして、それは彼女の美徳でもあります。

蛇足になりますが、みーちゃんはのんちゃんやわたしがこういう目をしてるとき、水鉄砲で水をかけられたりすることが多かったからでしょうか。少し嫌な顔をします。愛は「愛してる」と言うことだけではないのです。

 

我々は普通の旅行のように観光をしていましたが、何と言ってもその日はみーちゃんの誕生日でした。

学生だから、あんまりお金はない、でも、何か素敵なプレゼントをあげたいね、私たちはそう思い立ち、六甲ケーブルに乗って、22才最後の夜に夜景を見に行くことにしました。

 

神戸の夜景には品があるような気がします。

様々な人々の人生が織り成されて作られた奥行きのある暮らしの様式、そう言うものを堂々と体現しているような美しさです。

私たちは、夜景の余韻をそれぞれの胸に残しつつ下山しました。

いよいよお祝いです。

 

サプライズで予約したお店に行きました。

 

夜景の余韻も手伝って我々三人は上機嫌で祝い、彼女もまた、上機嫌でワインを飲みました。

 

 

 

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しかし、社会人と学生です。

彼女は疲れていたに違いありません。

 

ホテルに帰ってからも、ガンガン飲みまくる私たちの脅威にさらされ、みーちゃんは「あ〜もう、わたし無理〜」とベッドに倒れ込んでしまったのです。

 

嗚呼、わたし達はなんて愚かだったのでしょうか。

 

なぜか既にお気持ちが悪くなられているみーちゃんのベッドに飛び乗り、謎の踊りを始めたのです。

 

以下、わたしが個人的に今はまっているhitomiさんのLOVE2000を流しながらお届けします。ぜひおかけになりながら、以下お読みください。

2006 hitomi (LIVE) LOVE 2000 - YouTube

 

↓その時の様。

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©️のんちゃん画伯

 

〜愛は どこからやってくるのでしょう 自分の胸に問いかけた〜 (LOVE2000) 

 

右上がみーちゃんです。

 

みーちゃんは両手を目の当たりにかざし、気持ち悪そうです。

 

みんなで心配そうにみーちゃんをじっと見つめます。

 

みーちゃん……。

 

みーちゃんの腕の形、なんだか…太陽の塔みたい…。

 

そう思い、わたしはそっとみーちゃんの手にワインボトルを握らせました。

 

これがのちの太陽の塔事件です。

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©️のんちゃん画伯

 

〜夢は いつでも膨らむばかりで 誰かの想い、無視してた〜 (LOVE2000) 

 

 

 

何を思ったのでしょう。ワインボトルをそっと握らせた後、わたしは、柿ピーを食べればみーちゃんは元気になるのではないか、そう考えました。

 

なので、その後、なぜか一粒ずつ柿ピーを食わせるという奇行に打って出たのです。

愛情ゆえの混乱としか思えません。

 

 

 

ああ、長くなってしまいました。

 

 

これが、みーちゃんの激おこ案件、「太陽の塔事件」です。

 

なるほど、なるほど、わたしは何やら一生懸命水素がどうの、とか、学生運動がどうのなどと書いていますが、太陽の塔事件の犯人もあるわけです。

 

確かに、わたしがありとあらゆる人にひたすら柿ピーを食わせ続ける奇怪なやつであったのならば、友達などできなかったかもしれません。

 

だから、君は両方書け、と言ったのですね。

 

ちなみにこのみーちゃん、以前書いたこの記事のミサキと一緒の人です。

honaz.hatenablog.com

こんな話をした後に、「どっちがいい?」なんて聞いたので、きっとドキドキしちゃったのでしょうね?

 

人間は多面的な生き物です。

その多面性が、思わぬ化学反応を起こすこともあります。

 

ある一面で理解できなかった人を、また別の側面を知ることで、大好きになることもあります。

新たに知った側面によって、他の側面の意味を知ることもあります。

 

だから、わたしは自分の意見を持ちつつも、なるべく否定だけに終始する人間にはならないようにいたいと思います。

 

 

 

(最後にとっても嬉しかったから報告させてください)

「平成生まれの大人になり方」の記事ですが、わたしが密かにハイセンスな写真の数々でひっそりInstagramのファンになっている早稲田大学の渡辺仁史先生にいいね!と言ってもらって、出社前に喜びで部屋をひとしきり駆け回りました。

先生とは一度お会いしたことがあります。

 

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わたしはこのような伝統ある装束で伝統ある早稲田大学の卒業式に臨んでいました。そして、何の関係もない、先生の研究室の懇親会に乱入しました。そして、たすきには「スケベ代表」と書いてありました。

そんなやつと記念撮影してくださった先生のお心の広さは、すでに解脱していると言ってもいいでしょう。

 

ああそうでした、この記事、みーちゃんもシェアしてくれたのです。

とても嬉しかった。

今週、神戸旅行のメンバーで旅行に行きます。直接、お礼できるのが楽しみで仕方ありません。

 

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友情は素敵です。

 

いつまでも、友達を大切にしていきたい。

 

そう思っています。

 

〜愛はどこからやってくるのでしょう 自分の胸に問いかけた

 ニセモノなんか 興味はないワ 本物だけ 見つけたい〜 (LOVE2000)

 

 

 

 

 

 

平成生まれの大人になりかた

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むかしむかし、世界には大きな壁がありました。

 

その壁は大きく、その壁の向こう側に行ったり、こちら側に行ったり、そういうことを気軽にできないほどです。

 

一度壁の向こうに行ってしまうと、二度と戻ってこれないこともよくありました。

 

だから、多くの人は、壁を越えようとせず、壁に石ころや、卵なんかを投げつけ、壁と戦っているような気になれれば満足でした。

 

ときには、血気盛んな若者が、力いっぱい壁にぶつかる、なんてこともありましたが、彼も大人になるにつれ、壁にぶつかるよりも、自分の住む社会に馴染むことで忙しくなりました。

 

村上春樹は、みんながその壁に、卵や何かを投げつけているのを随分眺めた後、「ぼくは卵の側でありたい」と言いました。

 

 

 

 

村上春樹の小説はすきですか。

わたしは好きです。

ハルキストか、と言われると首を傾げますが、長編小説は全て持っていますし、「もしぼくらの言葉がウイスキーであったなら」のような紀行文をラフロイグ片手に読んだりもしました。

 

私は元々、好きな作家を作家買いする傾向があり、森博嗣恩田陸辻村深月、その他何人かの作家もほとんどすべての本を持っていると思います。

 

だから、ハルキスト、というよりは、村上春樹は、すきな小説家の1人です。

 

 

ただ、私の読書の仕方を決定的に変えた作家は村上春樹でもあります。

 

 

小学生までドリトル先生シリーズやシャーロック・ホームズ江戸川乱歩ハリーポッターを、夢のような異世界への扉として、とても好んでいました。宮部みゆきなども大変すきでした。

 

 

ページの先で私は何処へだっていくことができたのです。

 

 

私が、あの本を手に取ったのはいつのことだったでしょう。

おそらく、中学校の1,2年の頃だったと思います。

 

 

その本は「海辺のカフカ」といいました。

 

 

その本は、私にとって、革命とも言えるものでした。

 

 

感情や思考を、ある意味無機質な、淡々とした表現で連ねる。

 

 

世界はメタファーだ、なんて、解釈に無限の可能性があります。

 

 

ふつう、「ぼく」は壁を抜けませんが、村上春樹の描く主人公は、壁を抜けるのです。

 

 

「内」と「外」

 

 

これは、彼の一つ、普遍のテーマであると思います。

 

 

海辺のカフカの表現がすこし大人びていたからでしょうか。

クラシックなどわからないのに、躍起になって聞こうとしてみるような背伸びの仕方、でも、自然な興味で、わたしは初めて本について調べる、ということをしました。

 

 

まずは「メタファー」などの言葉です。

 

メタファーは隠喩という意味でした。

 

 

次に「カフカ

 

 

わたしはフランツ・カフカの作品を何冊か読みました。

 

 

変身、などはとても興味深い話でした。

だっていきなり主人公が虫になってしまうのですから。

 

 

いくつかの作品を読みながら、海辺にいるカフカはなにをかんがえているのだろう、そんなことを考えました。

 

 

わたしは海辺のカフカを皮切りに、村上春樹の作品を次々読んでいきました。

いまでも、ハードボイルドワンダーランドなどはだいすきです。

一方で、ノルウェーの森などはあまりすきになれませんでした。なぜでしょうか、それは今でも謎ですが。

 

 

大学生になった頃、1Q84が出ました。

わたしは、多崎つくるや1Q84について、かつてのように熱狂的に読めませんでした。

私の大学での恩師も、村上春樹がすきで、よく研究室でそれぞれの感想を言い合ったりしていました。

 

 

先生はあるとき言ったのです。

 

エルサレムの受賞スピーチで、村上春樹は、『もし、硬くて高い壁と、そこに叩きつけられている卵があったなら、私は常に卵の側に立つ』といっていましたね。

そして、ぼくは、1Q84を読みました。

おそらく、彼は何かひとつ、答えを見つけたのではないでしょうか。答え、とまではいかなくとも、ひとまずなにか、見つけたのでしょう」

 

 

なにかひとつ、答えを見つけた。

 

 

先生のことばの意味をゆっくり考えたくて、私はそれ以上質問しませんでした。

 

 

 

 

わたしはしばらくして、宇野常寛さんの「リトルピープルの時代」という本を友人から貸してもらうことになります。

 

 

これは1Q84について書かれた本です。

 

 

この本では、ジョージ・オーウェルの「1984」を一つの切り口に語られています。

 

しかし、視点がたくさんあるので、私なんかの拙いまとめではなく、ぜひ読んで頂きたいとも思います。

 

さて、宇野さんが言うところによれば、かつて、ジョージ・オーウェルの言うところのビッグ・ブラザー、すなわち社会主義におけるリーダーがいました。

世界は民主主義、社会主義に二分されていました。

しかし、ベルリンの壁の崩壊の頃を境として、世界は明確な二項対立ではなくなっていきます。

 

もちろん、世界にはまだまだたくさんの、小さな渓谷、崖のような狭間があります。

 

でも、分かりやすい「壁」はなくなった。

 

世界が二分されていた頃、その壁は、壁の間近にいなくとも、人々の心に影響を与えることがありました。

 

日本で言えば、学生運動です。

 

学生たちは、盛んにマルクスなどを論じました。

その学生達は、あっという間に高度経済成長の波に飲まれ、モーレツサラリーマンとして、自然と資本主義に馴染んでいくことになったのですが…

 

かれらは、何を論じていたのでしょうか。

彼らの多くは、10代や20代でした。

「自分」について、社会と照らし合わせて、初めてよく考えてみる年代でしょう。

そして、そこに圧倒的な壁がある。

その壁は一つですが、その壁のどちら側に立つかで、壁のどちらかが表となり、裏となります。

そして、壁の裏は、言い換えれば、悪。敵となり得ます。

 

彼らは、自分というものを、相対的に捉えようとしました。

自分が思う「悪」に対する自分の正義、それがぼくの考え方、生き方だと。

 

しかし、彼らの熱狂的な時代は、先ほども言ったように、ベルリンの壁崩壊の頃から次第に収束していきます。

 

さて、次の時代、彼らと同じ世代の若者はどうしたのでしょうか。

 

彼らは「自分さがし」をしました。

 

世界で、ヒッピーなどが流行ったのもこの頃でしょう。

インドブームもありました。

 

自分さがし、の基本的なスタンスは「本当の自分を探す」ことですから、まず絶対的な自分、があることが前提です。

 

しかし、それを探すのは、なかなか難しいことです。

私はそう思います。

 

私は自分の環境や出会った人々に影響を受けます。

自分の根っこのようなものはあるかもしれません。

しかし、そのような出会いによって変化した、幹や葉を抜きに、ほんとうの自分など語れないでしょう。

 

そしてやはり、この潮流は、また、収束を迎えていきます。

 

 

やっとわたしたちの時代に追いついてきました。

 

 

わたしたちの時代は情報過多、などと言われます。

 

インターネットで世界中の情報にアクセスできるからです。

情報を読み流すことに慣れて、受け身だ、なんて言われます。

 

 

しかし、そうでしょうか。

 

 

私は小さな相対の時代にうつってきたのではないかと思います。

 

このことについて、随分長い間、どういうことか自分の中で言葉になりませんでした。

 

しかし、私は、ある日友人と食事をしながら、気がついたのです。

その友人の選択が、そうなのではないかと。

 

その友人の名前はミサキ、と言いました。

彼女は大学のサークルで出会ったのですが、誰ともそつなく過ごし、みんなのまとめ役でもありました。

出会った頃、わたしはまだ18歳でした。

ミサキのことは好きでしたが、率先してリーダー役をやるとなると恥ずかしく、すこし斜に構えている自分がいました。

 

そんなミサキは優等生でありながら、一緒にふざけることもできる不思議な友人として、幾年かを共に過ごすことになります。

斜に構えていた自分がいたからでしょうか、幾度となくふざけあうことはできても、出会って8年目に至るまで、真面目な話などしたことはありませんでした。

 

彼女は社会人になり、遠くに転勤となりました。

ある時、彼女が東京に帰ってくるというので、二人で食事に行くことになったのです。

 

二人で食事をするなんて、初めてです。

ずーっと遊び仲間だったのに、だいぶ大人になってから、ご飯を食べることになりました。

 

なんてことはない会話をしていました。

美味しい料理と美味しい日本酒を肴に話す、その空気が二人の関係を親密にしたのでしょうか、わたしは思いがけず、彼女に聞いてしまったのです。

 

「ミサキはいつもしっかりしているけど、昔からそうだったの?」と。

 

ミサキは「ふふふ」と笑って答えました。

 

「本当は、君に似ている人間だったと思う。でも、ある時、変わったの」と言いました。

 

ミサキは日本酒を淡々と飲みながら、同じ気配でひっそりと話してくれました。

 

 

あれはわたしが中学生のことだったかな。

わたしの学校は中高一貫の女子校でね。

わたしも中学生の時には、すこし不真面目、そんな人がかっこいいと思ってた。

けどね、ある時、中学校の親友が転校してしまったの。

わたしは、そんなに広く浅い友人関係ではなかったから、急に孤独になってしまった。

もちろん、本当の一人ではないのだけど、心から気を許せる友人がいなくなってしまった。

それは13歳やそこらのわたしとしては大きな問題だった。

 

あの頃の年代って、ちょっと不真面目でワルぶっている方がかっこいいという風潮があるじゃない?

わたしの学年はそれが顕著で、生徒会選挙をしても誰も立候補をしなかった。

なぜかわからないけど、わたしはそれを見て、立候補しなきゃと思ったの。

そして、気付いたら、生徒会に入り、翌年には生徒会長になっていた。

 

わたしの学校、頭のいい子が多くてさ、わたしなんか、勉強が得意ではない方だったから、生徒会長になった途端、陰口を言われたりした。

内申点が欲しくて、生徒会長になったんじゃないか、とかね。

でも、わたし、ある日思ったの。

 

「普通で、何が悪い」

 

「真面目で、何が悪い」ってね。

 

かつて、わたしも斜に構えてた。

でもね、自分なりに学校生活をもっと楽しくしたい、みんなにも楽しんでもらいたいと思って、真面目に振る舞うのって何が悪いの?

 

わたしは、わたしなりに自分はこれでいいんだ、と思ったの。

それだけ。

 

そこから、今のようなわたしになったのかもしれないね、彼女はそう言い、日本酒をぐびり、と美味しそうに飲みました。

 

わたしは、それを聞いて思ったのです。

ああ、これが私たちの世代の、自分に対するアプローチなのではないかと。

 

私たちは、昔よりも容易にその壁を乗り越えることができます。

 

例えば、ミサキならば斜に構える自分と、真面目な自分です。

 

彼女にはもともと両面があります。

しかし、彼女は、彼女の中で相対的に自分を見て、真面目なわたし、それもいい、と「なりたいわたし」を選び取ったのです。

 

人は好きな人に対して、自分を良く見せようとします。

もしも、本質的に亭主関白な男性がいたとして、好きな女性に、最初はとても紳士的に接するでしょう。

彼らが幸運にも、付き合うことになったとして、彼が彼女を大好きになった時、彼は選択するはずです。

素の自分、しかし、彼女が好きになってくれた自分とは少し離れた自分。

彼女が好きになってくれた、紳士な自分。

彼は、もしかすると、彼女を失う可能性を高めるよりは、本来の自分とは少し離れた自分になりたいと願うかもしれません。

 

私たちは、いろんな情報にアクセスできます。

それはすなわち、いろんな人生のモデルケースをトレースできるようになったということでもあります。

さらにそういうツールをうまく使えば、実際に「なりたい」と思える誰かに会いに行くこともできるようになりました。

 

だからこそ、本当の自分より、「こうなりたい自分」を想定しやすくなったのです。

 

本当の自分、つまり絶対的な自分より、なりたい自分、つまり相対的な自分を見つけて、それに近付こうとする、それが我々世代の大人へのアプローチなのかもしれません。

 

わたしは、毎日いろんな人に会います。

 

いろんな人と話します。

 

わたしは、いったい、どこに行きたいのでしょうか。

 

小さな相対の世界で、小さな反証を続けながら、小さく歩を進めたい、進められたらいいな、そう思いました。

 

 

 

 

プレデターの思考設計

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寝る間際、あとすこし起きてようかな、と思いつつ、ほとんど寝る支度はできているのに、適当にテレビのリモコンを回しながら日曜の夜を惜しんでいた。

その時である。


人間が、得体のしれない生き物にめちゃくちゃにぶちのめされていた。

正確には覚えてないけれど、あれはきっとプレデターシリーズだったと思う。


主人公は宇宙の怪物みたいなプレデター達と死に物狂いで戦っている。

 

けれども、どうも、一番肝要なプレデターがちょっと間抜けで、シーンとしてはシリアスなのにちょっと笑いながらみてしまった。

たぶん、同じように誰かが死に物狂いで戦っている状態が、人相手の映画だったらわたしの反応は違うものだったかも知れない。

私は、決して笑っては見れなかったはずだ。

じゃあ、なんで笑ってしまったのか。


それはたぶん、プレデターが滑稽だったせいもある。

 

そしてそれ以上に、プレデターが「理解できない存在」だったからだ。

映画の中で主人公はプレデターが何を言ってるとか、何を考えてるとか、理解はできない。

理解できないことに加えて、滑稽な見た目、絶対あり得ないよね、というシチュエーション、こういうことが相まって、私はお気楽にあの映画を観れたのだろう。

理解しなければ、寄り添うものがない。

私たちには共有すべきものがないのだ。

では、私たちは、等しくそこにあるはずの命に対して「理解」をしたとき、感情移入をするのだろうか?

理解とは言語が通じるかどうかだろうか?


いや、それは違うだろう。

例えば、犬だ。

もしも、我が家の犬が一瞬の自由に心踊らせ、脱兎のごとく逃げ出したとする。

けれども、代わりの犬を探してこようね、とは絶対にならない。


言葉が通じなくても、犬と私たち家族には絶対通じ合っているものがあるからだ。


母が出勤するとき、彼女は寂しそうに尻尾を垂れて見送っている。

私が東京に戻る時、また離れ離れになることを私もまた、とても悲しんでいる。


きっと、通じ合う、ということが大切なのだ。


きもちときもちが、通じ合う。


じゃあ、このきもちってどこからくるのだろう?


心?


アタマ?


それとも、全身の細胞?


人間の60%は水でできている、などと言うではないか。
分子レベルに分解したら、遺伝子という設計図は多少違うにせよ、構成内容は「人間」という種においてほぼほぼ一緒なのだ。

H2OとかNとか、そんなものの集合体がある奇跡的な組み合わせになったとき、そこに、その人だけの「思考」が生まれる。

私たちはほとんど一緒なのに。

仮に類人猿の時代から脈々と続く、人体の完璧な設計図通りに体の成分が組成されたとして、その組み合わせにより何らかの電気信号が引き起こされる。それが思考だとしよう。

では、明るい人、静かな人、その人の性質は何に起因するのだろうか。

もしかすると、思考や感性は幼少期の環境によるのかもしれない。

私には妹がいる。

高校生まで一緒の家で育った。

けれど、私と妹は似ているところもある反面、違うところの方が多い。


母が2枚のハンカチを買ってきたとして、その意見がぶつかることは決してなかった。


母が「どちらがいい?」と聞くともなく、

「ピンク!」

「青!」

と声を揃えて、異なる方向を指差すのだ。

まるきり反対といえば反対だが、仲の悪い姉妹ではない。

大人になってからもたまに2人で食事をするし、ふらりと買い物したりする。

わたしは彼女とどこで違ったのか。


わたしたちは、どこで考えているのだろう?

わたしは、なにを以ってわたしとわたしを定義づけているのだろう。

わたしたちは、どこで、うれしい、かなしい、と感じているのだろう?

 


その答えを出すヒントになるかも知れない、静かなよい小説でした。



カズオイシグロ
わたしを離さないで

 

http://amzn.asia/h0IMXCY

 

 

 

 

職場でお手軽に楽しくなる方法を考えてみた(日常編)

素敵な休日ごきげんよう

毎週月曜日更新の佐藤のメモ帳です。

 

今日は最高に天気がよいですね!

最近、腰痛と肩こりがひどいのでこの記事を書いた暁には整体に行ってきます。(ここまでは日曜日に書いた。短い。そして、今日が休日と錯覚している訳ではない。どうでもいいが、このあと腰痛は激烈に悪化することとなる)

 

さて、最近バタバタとして仕事もそれなりに慌ただしく、「なにかたのしいことないかなあ〜」と考えていたわけです。

私の職場は95%男、というなかなかアツい感じですが、職場のおじさんたち(失礼…でも親しみを込めて本人たちによく言ってるからよしとする)はとても陽気な人ばかりなので、あんまり男女差を感じたことはありません。

 

例えば、私が疲れてしわくちゃになっていると「っしゃあ! 今日、行っちゃいますか?」と何やらせっせとお店をリサーチして気分転換に連れ出してくれます。(たんに飲みに行きたいという説もかなり有力)

 

一方で、連日終電近くになり、しわしわが極地に達している時はその気分転換さえ断ってしまうことがたまーにあります。

 

そうすると明らかにLINE公式スタンプのうさぎさんのように落ち込みきっているのに

 

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OK! OK! 気にしないで!今日はゆっくりねちゃいなYO!」

 

と朗らかに言ってくれるのです。

 

そんな陽気なおじさんたちにたっちゃんという方がいます。

たっちゃんはどちらかといえば年齢的におとんに近い存在ですが、全く偉ぶらない素敵おじさんなので、私はたっちゃんなどと失礼極まりない呼びかけで接することができるのです。

 

さて、そんなこんなでいつも通り?たっちゃんたちと仕事帰りふらりと飲みに言った時のこと、「そういえばさ…」とたっちゃんが話してきたのです。

※以下、偽名でお届け。私だけは本名。

 

「最近、時間がかかる業務が多いじゃん? あれ、終わった時にすごい達成感あるからさ、終わった時に一区切りでなんかしたいよね」

 

そうなのである。私たちの仕事は何かと息の長い仕事が多い。

 

私は考える。

 

 

「…ハイタッチとか?」

 

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出典)wavebreakmedia / PIXTA(ピクスタ)

 

「◯◯終わりましたあああ! いえ〜〜〜! みたいな?」

 

「お〜、それいいねっ、ムッチャ面白いやん」

 

たっちゃんはアメリカ帰りなので、私のこの手の雑な提案にもノリノリで反応してくれる。

 

私はご機嫌になり、続ける。

 

「原監督もさいこうスね」

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出典)pic.twitter.com/yZhTnZcOTc

 

「おおお〜!! ええやん! こう、ね」

 

たっちゃんが握りこぶしをみんなに向けてグッとする。

 

しかし、私ははた、と気づくのだ。

 

「私、調子に乗ってやり過ぎて絶対怒られますね・・・?」

 

「あいつ、ハラタツノリしかやってないやん! 仕事やってないやん! って?」

 

「そうです」

 

上司がケタケタと笑っている。

 

他に面白いこと・・・

 

我々はそれぞれの「なにか面白いこと」に思いを巡らせながら、ビールを飲む。

 

ぐびぐびぐび。

 

 

たっちゃんがまたもや何か思い出す。

 

「全然関係ないんだけどさ、今日、会議でさ、サイトウさんが『発破をかける』って言ったのよ」

 

発破をかける……。

 

「ちょっと〇〇の作業が遅れているので、少し発破をかけときます、みたいな感じでさ。いや、日本語的に超正しいんだけど、最近、あんま聞かないよね? いやあ〜、懐かしいっていうか、なんていうか、俺感心しちゃってさ」

 

確かに。

 

「あ、でも、佐藤ちゃんもたまに渋い日本語使ってくるよね! それ、言い得て妙! 言い得て妙です! とか」

 

ふむ。確かに、私は一時期、相槌のバリエーションを増やしたいと謎に頑張っていて、それもその一つである。というか、私の知ってる言葉の中でその相槌がもっとも適切な気がしたから言ってるだけでもある。

 

「たしかに! 言い得て妙!」

 

ふむ。

 

「あとさ、俺こないだ、初めて『ギャフンと言わせてやりたい』って聞いたのよ」

 

「それはない! 私今までそれはないっす!」

 

我々はビールのおかげでご機嫌である。

 

「まあ、たとえですよ? 『ギャフンと言わせてやりたい』って私がたっちゃんに思ったとしますよね? で、たっちゃんをギャフンと言わせてやろうとするじゃないですか。で、実際に何かしかけた時『ギャフン!』て言います?」

 

「俺、事務所で『ギャフン!』とか言ってたらめっちゃおもろいやつだよな!笑」

 

「そもそもギャフンていつ出た言葉なんでしょうね」

 

みんなが口々に推測する。

 

手塚治虫あたりが漫画で言ったとか?」

 

「あれじゃないすか! 僕らが小学生の時に言ってた『デュクシ!』!」

 

その時は「デュクシ」説がもっとも濃厚になったのだが、

なんと後日の佐藤リサーチによると「ギャフン」はなかなか由緒正しい言葉である。

 

明治時代 以降に見られる表現。言い負かされて、言葉も出ない様。

( ギャフン - 語源由来辞典 より一部抜粋)

 

明治時代・・・

 

私は「ギャフンと言わせたい!」と言ったこともないし、「ギャフン!」と言ったこともない。

けれども、割とあっという間に言葉は廃れていってしまうものだ。

それでも「ギャフンと言わせたい」という言葉が「初めて聞いたわ〜」と言われつつも、すっかり廃れてはしないのは、日本人は明治のあたりから「ギャフンと言わせたい」としか言いようのない心持ちになり、今も思っているということなのだ。

 

言葉って面白い。

 

日々のどうでもいいようなツイッターでのつぶやきも元はと言えば、心や感情の揺れ動きに起因している。

 

それを言葉にしちゃえば、ほんとにどうでもいいことになったりもするし、なんか大層なことを考えていた風になる。

 

私たちは心でも考えるけど、普段はやっぱり頭で考える。

 

知っている言葉の数と思考の深さは関係するんだろうか?

 

そして、言葉はある意味、世界の切り口で、数学や物理もある意味言葉なんだなあ、とか。

 

こんなことはもっと昔の人の方がたくさん考えていたんだろうなあ、とか。

 

そんなこんなで今日は人生でもっとも「ギャフン」と入力した日となりました。

 

ギャフン記念日。

 

ということで、私の最近のひそやかな趣味は「たのしい日本語」、「ステキな日本語」、「おもろい日本語」を使っている瞬間を見つけることです。

 

お手軽に楽しくなれるので、皆さんもぜひやってみては〜!

 

おやすみなさあい。

 

 

 

 

 

 

文章を書くコツは、ニュートンの万有引力の発見と同じである

 

「ひかれあっていると思っていたけど、どうやら違うみたい。私の方があなたにひかれてたのね」 

 

あれは2月の終わりだった。 

春の気配がそこかしこに溢れて、ひときわ強い風が私たちのコートの襟を叩くたびに、一歩一歩春が近づいて来ることを感じるような日だった。 

外はしとしととまばらな雨が降り、3月が目の前に迫っている今日は、着ている服と気温がちぐはぐなような暖かさだ。 

でも、この湿度も、この風も嫌いじゃない。 

長い冬が終わり、今にも爆発しようとしているエネルギーを街のそこかしこに感じる。 

 

私は外の雨の気配を感じながら、教室の教壇の上に佇む身長は180cmもあろうかという、いかにも若い時にはスポーツをしていたとわかる肩幅の広い、端正な横顔の男を見つめていた。 

 

通いなれたこの中学校も、来月には卒業だ。 

 

この学校で、私はたくさんのことを学んだ。

私の学びは、幼かったあの頃からつながっていたのだ。

 

 

 

小さい頃、宇宙飛行士になりたかった。 

両親は幼い私に、よく図鑑を買ってくれた。 

恐竜図鑑、昆虫図鑑、魚図鑑、植物図鑑、宇宙の図鑑。 

 

私はよく外で遊ぶ子供だったから、外でいろんなものに遭遇した。 

バッタ、トンボ、カブトムシ、ピーマン、トマト、ジャガイモなどなど。 

こういうものは大体、畑仕事をしている祖母にくっついて歩いている時に、「これなーに?」、「こっちは?」と尋ねて覚えた。また、庭で機械いじりをしている祖父の横でジッと祖父の手元を見てる時に「カナヅチとって」、「はーい」、「あっ、スパナの17取って」、「これ?」、「いや、メガネみたいになってない方」、「こっち?」、「うん」などと言いながら様々な道具の名前を覚えたりもした。 

でも、時々、名前を知らないものにも出会った。その名前はばーちゃんやじーちゃんも知らなかった。 

それはただの石ころであったりした。石によっては勢いよくコンクリートに叩きつけるとパリンと半分に割れる黒くてツヤツヤしたものもあったし、コンクリートに強く押しつけるように引っ張ると白く絵が描けるものもあった。白い線が引ける石ころでけんけんぱの丸をかいた。丸、丸、丸、丸、丸をたくさん書きながら、なんで丸を描ける石と描けない石があるんだろうと思った。 

 

そんな時はそれを家に持ち帰って、図鑑を眺めた。図鑑には写真と簡単な特徴が書いてある。 

そうかあ、パリンと割れる石には黒曜石というのがあるんだ。白い線が引ける奴は石灰岩かな? 違うかな……。図鑑には大人も知らないような世界について、写真付きでとてもわかりやすく書いてあった。 

 

小学校に入る頃には、小学校1年生で教わることのほとんどを自然とじーちゃん、ばーちゃんに教えてもらっていたように思う。 

わからないことがあって、それをばーちゃんに聞く。見たことがないものに出会って、それを図鑑で調べる。それは、ただジッと座って先生の話を聞くよりもずっと、いま、その時の私の興味に直結していて、とても素晴らしい学びの時間だった。 

 

正月には家族みんなで百人一首をした。

百人一首で負けたらお年玉をあげないよ、なんてじーちゃんが冗談をいうものだから幼い私は真に受けてムキになって勝とうとした。

歌を詠むのはばーちゃんかお母さんの役目だ。二人ははなから「どうせ勝てないわよ~」とじーちゃんと私のやたら白熱した争いを尻目におせちをつまんだりなどして、いつも適当に参加している。

 

母が読み上げる。

 

「じゃあ次ね、いにしえの~」

 

「はいっ!」

 

私がとる。

 

いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に 匂ひぬるかな

 

私が好きな歌だった。

昔じーちゃんに「この伊勢大輔って誰?」と尋ねたことがある。

じーちゃんは遊ぶことにかけて、とても物知りだった。

 

これはね、昔、平安時代平安京というのがあって、そこは都というとても賑やかな街でした。そこには藤原道長というえらいおじさんがいて、時々こんな風にみんなで歌を詠みあって遊んだりしていました。その中でもとびきり歌の上手いお姉さんがいてその人は紫式部と言いました。紫式部は歌がとても上手いから、ある歌を詠む会の時に、桜を受け取って、その桜について何か歌ってくださいと頼まれていました。だけど、紫式部は私の他にも上手な人がいますよ、と言って自分よりも若い伊勢大輔にその役を譲ってあげました。その時の伊勢大輔という人がこの歌を詠んだ人だよ。

 

「ふーん。じゃあこれ、なんて意味?」

 

平安京よりもさらに昔、平城京っていう都があってね。そこにはとても八重桜が有名なところがありました。その桜をもらったから、「昔、奈良の都で咲いていた桜が、今は京都の宮中で綺麗に咲いていますよ」と歌ったんだよ。今の京都の賑やかさとか、その時にいた天皇を褒めようとしたんだね。

 

「へえ~。そうなんだ。都って一個しか作っちゃダメなの?」

 

うん。だいたい、一個だね。

 

「そっかあ、じゃあ奈良にあった都の方は少し寂しくなっちゃうね」

 

そうだね、少し寂しくなっちゃったかもしれないね。

 

じーちゃんの話を聞いたら少しだけ切ないような気持ちになった。

その時はなんでそういう気持ちになったのか上手く言えなかったけど、たぶん、とっても賑やかだった奈良の都はなくなっちゃって、今は京都に新しい都があって、でも、奈良の桜の綺麗なところはそのあともずっと春が来るたびに桜が綺麗だったろうし、そんな風景を想像して、じーちゃんの言っていたとても賑やかな京都の都っていう風景と比べて少し切なくなったのだろう。

 

こういう遊びから、言葉には響きがあること、リズムがあること、日本の四季がとても刹那的で、だからじーんと心に響くこともあるのだという季節の捉え方を学んだ。その時は上手く言葉にならなかったけど、あの時に感じたきもちが今の感性の元になっているような気がする。

 

 

私は毎日いろんな遊びをしながら、恐竜時代に行ってみたり、花の名前を覚えたり、漫画を読みながら、ドラえもんと一緒にエジプトに行ったりもした。

そんな時、出会ったのが宇宙の本だった。

 

ある時、お風呂に入って、歯を磨いて、いそいそと布団に潜り込もうとしていると、母から「ほーちゃん、今日は、お月様綺麗だよ」と言われた。

私は「みたい!」と言って母とベランダに出た。

私の実家は家の目の前が湖である。私は海も大好きだけれども、湖だけが持つ吸い込まれそうにしんとした気配も好きだ。夜の湖はとても静かだ。だけど、圧倒的な気配がある。静かだけど、存在感がないのではない。生き物のざわざわとしたエネルギーがピンと張りつめているような静けさだ。

その日の月は満月だった。月は、湖面に白い光の筋を映して、静かに浮かんでいた。

 

「まんまるだねえ」

 

「そうだねえ」

 

「月って大きいのかな?」

 

「うーん、お母さんにはよくわからないけど、月ってずうーっと遠くにあるんだって。ずっと遠くにあるのに、うさぎさんが見えるくらい大きく見えるんだから、大きいだろうねえ」

 

「ふーん。ずっと遠くって、どのくらい?」

 

「たぶん地球を何個か並べたくらい」

 

「地球って、外から見たことないから、大きさ、よくわかんないね」

 

「そうだねえ、わかんないこと、たくさんだねえ」

 

そんな話をしながら、どのくらいおっきいのかは分かんないけど、やっぱり今日の月はまんまるだったね、と言いながら私たちは布団に入った。

 

1週間くらい経った日、父が宇宙の図鑑と地球の図鑑を買ってきた。

 

「お母さんに月のこと聞いたら、やっぱりよく分かんなかったんだって?」

 

「うん、分かんなかった」

 

「そっか、じゃあ全部はこれを見ても分からないかもしれないけど、ちょっとは分かるかもしれないから、読んでごらん」

 

「ありがとうっ!!!」

 

私は嬉々として受け取って、小学生には少し重い図鑑を大事に抱えて早速自分の部屋に向かった。

 

1ページ目をめくる。

 

真っ黒い宇宙の中に真っ青な地球がしんと静かに浮かんでいた。

私が見ている大好きな海は、私が知っているよりもずっと深くて透き通るような青だった。

 

ページをめくると、地球の半分は暗くなっている。

これが、夜。

 

私は夜を見たことがなかった。

私は夕方、日が沈み始めたなあと思っていると、気がつけばいつも夜の中にいた。

私は夜の中で、夕食を食べたり、眠ったり、そんなことはたくさんしてきたけれども、夜を見たことはなかった。

 

すごい。

 

宇宙って、すごい。

 

今まで今目の前にあるものを図鑑で調べることはよくしてきたことだ。

知らないことを知った時、私は「へえー! そうなんだ」とその度に、新しいものを知れたということにワクワクした。

 

だけど、図鑑を読んで、こんなにも美しい写真は見たことがなかった。

宇宙なんて、地球なんて、大きすぎて、手触りがあるような学びではない。

けれども、圧倒的に綺麗で、底が見えなくて、私は今まで手に取ったどんな図鑑よりも衝撃を受けた。

 

小学校1年生くらいだ。

「美しい」なんて単語は使っていなかったと思う。

あの時、私が感じた衝撃。

打ちのめされたような気持ち。

吸い込まれるような感じ。

 

あれこそが、「美しい」という言葉の意味なのだろう、と20年たって気がついた。

どこまでも広がる真っ黒な宇宙は、そこかしこに漂う星のあかりを頼りにするにはあまりにも心細く、あまりにも広かった。

どこまでも深い黒に、私は空恐ろしい気持ちになった。

だけれども、その中できらめく地球の青さに目を奪われずにはいられなかった。

 

本当に美しいものには、少しの恐ろしさが入っている。

底知れぬ恐ろしさの中に、何か圧倒的な生命の気配を感じた時に、私たちは「美しい」と打ちのめされ、言葉を失うのだろう。

 

その図鑑は、専門的なとても難しいというものではなく、子供にも分かるような平易な言葉で写真について説明が書かれているような図鑑であった。

 

土星の輪っか。

あれは輪っかではなく、たくさんの石なのだという。

 

星も生きているらしい。

宇宙にはガス雲というもやもやした場所があって、そこで熱のエネルギーが生まれて、原始星という星の赤ちゃんが生まれる。そこでは水素なんかがエネルギーとして燃やされて、星は光っている。ガスみたいなものが星になって重さが重くなると、宇宙には重力がないから周りの軽い石ころみたいなやつもどんどん重い星に引き寄せられてくっついてしまうのだそうだ。月にあるウサギみたいに見えるあのボコボコも、月にたくさん石がぶつかってできた跡なのだ。

そして、星には「自分で光っている星」と、光っている星の光を受けて「光っているように見える星」がある。太陽なんかは自分で光っている星で、月は光っているように見える星だ。

私はぜんぜん知らなかったけれど、その「自分で光る星」はいつかしんでしまうらしい。

自分の中で燃やすエネルギーがなくなって、すっごい大きい星は超新星爆発というものでしんでしまうのだそうだ。

けれども、その爆発はまた、次の星の赤ちゃんを産むガス雲になる。

だから、本当に何もかも消えてなくなっちゃうという訳ではないのだそうだ。

図鑑の最後にはこうも書いてあった。

 

そして、その星のかけらは私たち人間も作っていいます。

もしかすると今、となりにいるひととあなたは、ずっと昔になくなってしまった同じ星のかけらでできているかも知れません。

 

 

そうなのか。

宇宙ってすごいな。

星ってすごいな。

今までたくさん知らないことを調べてきたけれど、知らないことがたくさんだ。

 

宇宙のことを知るにつれ、いろんなことがつながっていくようになった。

小学生から中学生へ、歳を経るにつれ、その気づきは増えた。

 

星が生まれる時に、水素がたくさんあった。

宇宙で一番多い原子はH出そうだ。

地球ではOもとても多い。

ああ、なるほどH2Oか。だから地球にはこんなにも海がたくさんあるんだ。

 

遠くにあるまるで関係のないようなことがつながっていく感覚は楽しい。

 

ある日、理科の授業で先生がニュートンについて雑談をしていた。

 

ほんとにニュートンが言った話かっていうことは置いといて、「りんごが木から落ちるのをみて、ニュートン万有引力を発見した」という話があるよね。

あれが、本当だとしてニュートンがすごいのはさ、りんごが地面に落ちるのを見たら、普通の人は「地面もしくは地球にはものを引っ張る力があるのか?」って考えるよね。でも、ニュートンは違った。地球にものを引っ張る力があるのだとしたら、月も落っこちてきちゃうんじゃないか? なんで月は落ちてこないんだろうって考えたんだよ。その結果、彼が思いついたのが万有引力なんだね。あらゆるものには互いに引き合う力があるってね。

ちなみに、その引き合う力は質量が大きい方が強いんだ。

 

そっかあ。

なるほどねえ。

じゃあ、先生と私は引き合ってはいるけれど、先生の方が体重は重いから、宇宙に行ったら私が先生の方に引き寄せられれて行っちゃうのか!

私は先生の横顔を眺めながらそんなことをぼんやりと考える。

 

大発見、というものはニュートン万有引力のように、一見遠くにある関係のなさそうなことを一つ、普遍な理論で結びつけた時に起こる。

人は、そういう発見をした時、へええーーーー! と心底びっくりして不思議と爽快な気持ちになる。

知らないものを知る。物事の法則を見つける。それは人類共通の喜びの一つだ。

 

最近、文章を書くようになった。

文章を書く楽しさは、ニュートン万有引力を見つけた時に似ている。

何か書きたいものを見つけた時、それは私が、その「何か」になんらかの法則や気づきを見出した時だ。

 

なんであんなにもシェイクスピアが流行ったのだろう。源氏物語が流行ったのだろう。ああ、そうか、恋愛結婚というのは昔はなかなか難しかったんだな。今も昔も、みんな恋がしたかったんだ。

 

じーちゃんと私って考えてることに共通点とかなさそうって思ってたけど、明日もなんか楽しくしてやるぞ! ってわくわくする気持ちは一緒だな、とか。

 

昔の人の恋い焦がれる気持ちと今の人の恋。

 

じーちゃんと私。

 

一見遠いものを繋げる作業は、とても楽しい。

 

忘れ去られてしまった平城京と栄華を極める平安京

その華やかな対比の中には刹那的な美しさを見つけた。

 

私たちは宇宙の中で、知らないことがたくさんある中で、それでもどうにか自分の生きるその世界を自分の手の中に収めようと、毎日毎日いろんな形で切り取ろうとする、理解しようとする。

きっと文学も音楽も華道や書道、柔道といった、何か道のような気の遠くなるような作業は、人類が昔からなんとか、その素晴らしい世界を理解しようとしてきた壮大な試行なのだ。

 

理解しようとする力。

知りたい、と思う力。

 

これは私たち人間の底知れない素晴らしいエネルギーだ。

 

今日は5月みたいな陽気だ。

私は今、家の近所の川沿いを歩きながら、2月の終わりの、この5月のような陽気のやさしさを、風の感じを、どうにかして自分の中にとどめたいと思う。

 

生きている限り、私はいつだってそう思い続けるだろうし、そう思い続ける限り、普段暮らしている世界の中に、素敵な法則を探し続けるだろう。

 

 

***

 

これからもブログの場で、愉快な記事も、ちょっぴり真面目な記事も、気ままに書いていこうと思います。

ゆるっと読んでくださればうれしいです。

 

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

そうだ! 新しい趣味…盆栽やってみよう!(表参道編)

あ〜、今週も疲れたなあ〜

 

12時…

そろそろ寝るか!

 

そんな時である、まさに眠りに入ろうとする、ああ、明日は休みや、起きなくていい…幸福度120%の時間を正面からぶち破ってきたのは一本の電話であった。

 

「もしもし…?」

 

「……」

 

「あれっ?」

 

切れちゃった…。

なんや、一体!

眠い気持ちも切れちゃったやん!!!

 

そんな時、電話の主からLINEが入った。

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グッ、じゃねえよw

なに爽やかな感じ出してんだw

 

みなさま、ようく見ていただきたい。

送信時間、23:53。

そう、23:53。

誘います? こんな爽やかに誘います?

 

しかも…

聞いて驚け、これが、なんと…

 

なんと!

 

大学卒業以来、4年ぶりの会話。

なんという横暴さ、なんというジャイアン!!!

 

しかも、このLINEの主は、後輩である。

2個下の後輩にこんな扱いをされる私……。

一体、人様からどんな人間だと思われているのであろうか…

 

あまりの気さくなお誘いに世間の目まで気にし始める始末である。

そんな中、突如奴からの連絡はプツリと途絶え、次の日の朝、唐突にこんなメッセージが届いたのである。

 

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興味ありませんかね…?笑

 

笑 じゃねえよ!!

とんでもねえ急展開。

夜中の12時に眠気を叩き切られこの提案である。

なんて日だ!!!

 

落ち着いて考えてみよう。

まさに私は昨日、「人様から一体、どんな人間だと思われれているのであろうか」と

悩んでいたところである。

そして、なかなかそういったことに対する率直な意見というのは、人間関係がある手前、聞きにくいし、言いにくい。

 

そこで、このメッセージだ。

「盆栽にはご興味ありませんかね?」

「ほなみさんなら、興味あるかなと思ったんですけど」

 

なーるほど!

私はそういう人間なのだ。

 

奴は大学のサークルの後輩である。

 

私は

大学時代はロックバンドをコピーなどしていた。

大学時代は金髪だった。

大学時代は酒を飲みまくっていた。

大学時代は道端で寝たりしていた。

 

そう

そんな私の姿を見て奴は「盆栽に興味がありそうな人」だと思ったのだ。

 

ちなみにこれを書きながら聞いてるのは最近ハマっているリップスライムのpopcornNancyである。

youtu.be

 

 この曲はゆるりと踊りたくなるので是非ともオススメしたい一曲である。これを教えてくれたのもまた別の後輩であるが「ねー、ほーちゃん、今暇〜?」などと言ってくるような奴である。大変けしからん、と思う次第である。

 

いささか脱線してしまったが、そのような私の大学時代の姿をみて有り余る侘び寂びを感じたのであろう、奴は言ったのだ、「盆栽に行きませんか?」と。

 

しかし、考えてもみて欲しい。

もし私が

「ほなみさんって、いっつも牛丼食ってそうですよね」とか

「ほなみさんって、休日基本寝てそうですよね」とか

「ほなみさんって、梅酒漬けること以外、趣味無さそう」とか

そんなことを言われたら、少なからずしょぼりんするところである。

確かに奴とは、生まれてこのかた一切、盆栽トークなどしたことがないし、むしろ大学時代は「ウェーイ!」とか「なーんで持ってるの! なーんで持ってるの! 飲み足りないから持ってるの! ハイ!!!」とか「ウェーイ…」しか言ってなかったのにも関わらず「盆栽、好きそう」と言っていただけたことは大変な感謝なのである。

 

なので、私は勇んでこう答えたのだ。

 

「盆栽、行きたい!!!」と。

 

そうこうして、私がもう一人、この人こそ盆栽!というやつを見つけ出し、後輩と3人で盆栽教室に向かったのだ。

 

場所は表参道。

私たちは久しぶりの表参道の雰囲気にあたかも自分たちもオシャレさんになれたかのような素敵な気持ちになりながらうきうきと歩いていた。表通りから一本入り、路地をくねくねと歩くと目的の場所が見えてくる。

 

一見、普通のマンションだ。

エレベーターに乗り、目的の階を押す。

ぐーん、扉が開くとふかふかの絨毯が広がっていた。

「え、ほんとにこの部屋かな…?」

恐る恐る後輩を盾にしながら、(後輩が)呼び鈴を押す。

 

「はーい」

20代後半、もう少し年上だとしても30代前半にしか見えないような素敵なお姉さんが顔を覗かせる。

 

「あのう…、体験できたんですが…」

 

「はいっ! お待ちしてましたっ!」

 

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こんな顔をしたお姉さんがずんずんと教室の中を案内してくれる。

とにかく優しそう、それが伝わってくれたらそれでいい。

 

「では、席に座ってくださいねー」

私たちの席には、私たちの他に素敵なマダムがいた。

 

お姉さんが説明していく。

 

今は冬なので、冬でも元気に育つ子を用意させていただきました!

クロマツヤブコウジです!

 

− ほほう。

 

まずは根留めの針金を鉢にセットしますね!

 

− ふーむ、これで松が転げないようにするのね。

 

そして、目の荒い土から順番に鉢に入れていきます!

 

− 土、触るの久しぶりだなん。なんだか触り心地いいなん。

 

次に根っこをほぐしていきます。こんな風にプラスチックのケースをとって根っこの土を落としていってくださいね!

 

− お姉さんはそう言いながら、クロマツのトゲトゲをとても愛おしそうに撫でている。松のトゲトゲって撫でられるものなんだね。

 

そして、手で概ねの場所を鉢の中にセットし、さらに土を入れながら箸で土をさしてきちんと松とヤブコウジをなじませていきます!

 

− お姉さんは、「おや? こんなに力強く持っていい?」というほど力強く松たちを持ち、作業を進めていく。

 

はいっ!これで大体は完了です。ここから仕上げです。鉢の土の表面に苔をはっていきましょう!

 

− 私たちは苔を渡される。そもそも苔を渡されるの初めてだし、なにこれ、苔、気持ちい…。しっとりジューシー、素敵な触り心地である。

 

この苔の根っこみたいなのは切っちゃっていいんで!

 

− ほほう! 苔をハサミで切る! なんて不思議な感触! しかも一つ一つ手で苔をはってくと苔が愛しくなってきた。私は思わず、「苔、可愛い…」とつぶやいた。

 

するとお姉さんが

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パンパカパーン!

 

「そうでしょう! そうでしょう! 木とか苔とか可愛いですよねっ!」

 

ズーン! と近寄ってこられた。

 

お姉さん、本当に植物を愛しているんだね。

 

そんなこんなでお姉さんに教えてもらいながら私が作ったのはこんなものである。

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うふふ。

あの苔の感触を思い出すと愛情が募ってうふふ、となる。

 

ちなみにこの写真を友人に見せるとよく「手前のイルカはなーに?」と言われるが誤解しないでほしい。「トリさん」である。

お姉さんが「酉年なので一緒に写真撮りましょうね」と置いてくれたトリさんなのである。バカにしないでほしい。

 

お姉さんはその後、この盆栽の手入れ方法をおしれてくれた。

クロマツはここでこう剪定するといいんですよ。

ヤブコウジは…

といった具合である。

 

とりあえず、今植えたこの子たちはお日様が大好きなので、ベランダなど風通しがよくて日のよく当たるところに置いてあげてくださいね!

 

ここで突如素敵マダムの様子が豹変する。

 

「わっ、私…」

 

「どうかなされました…?」

 

「私のマンション、窓はあるんですけど、開かないんです…。この近くなんですけど…」

 

なにっ! この近くで窓が開かないマンションなど、超高級、ブルジョワマダムではないか!!!

 

マダムは続ける。

 

「あっでも、犬のお散歩をするとき、外に出してあげればいいかしら…」

 

マダムの犬の写真を見せてもらう。

 

とってもかわいいパピヨン

 

私は想像する。おそらく50代は過ぎているであろう、しかし、肌もツヤツヤでどことなく品のあるこの素敵なマダムが片手にパピヨンのリード、片手に盆栽を携えてお散歩する様を。

 

「多分、それ、すこしだけ、面白すぎると思います…」

 

私たちはおずおずと切り出した。

 

お姉さんはひとしきり私たちのやりとりを聞き、5秒ほど黙った後、私たちのやりとりを「うふふ〜」と超絶テクニックでなかったことにした。

 

お姉さんは説明を続ける。

 

植物は季節季節で変わっていくのでお手入れの方法でわからないことがあったら、いつでもお電話してくださいね。

 

あっ!!!

 

でも! 今の時代、基本Googleで検索すればなんでも出てくるので「クロマツ 手入れ」とかで検索してみてくださいねっ!

 

お姉さんスマイルで、彼女は快活に告げる。

 

Google www

 

私たちはいっぺんにこのお姉さんの虜となったのだった…

なんという商売っ気のなさ…

なんという植物への愛情…


これを癒し系マーケティングと名付けよう。

そのものへの計り知れない愛情を感じて思わず「また来よ…」と思わせちゃう凄まじい破壊力を持っている。

 

本当に、植物が大好きでたまらないんだろうな。

 

私たちは、各々の盆栽を携え、表参道に颯爽と飛び出したのでした。

お姉さんの素敵な人柄も相まって、私たちの心はほこほこです。

 

ちなみに私たちのいった盆栽教室はここ。

彩花盆栽教室|盆栽 清香園 彩花盆栽教室

 

さらにちなみにいうと、私がブログで好き勝手に紹介してる素敵なヒト・コトは単純に私が日々で出会ったものなので、特に宣伝とか、お金もらってるとかじゃないんですけど、お散歩のアイディアになればなあ〜と思って載せてます!

 

 

現代の人の毎日って、とっても忙しい。

他人同士が、密着して立つって異常だけれど、毎日満員電車に乗る。

人間が元々持ってる五感に対して、すこし無理をしているから、私は通勤退勤ラッシュには必ず音楽を聴いていないと辛いです。

 

だけど

 

盆栽さんが家に来てからというもの、忙しい日が2、3日続いた時でも

「あっ! 盆栽に水あげなきゃ!」

そんなことを思います。

あの木や苔さんがシワシワになってしまっていると思うと、早く帰らなきゃ!となります。

そして、植物ってとっても強くて、どんなにしんわりしていても水をたくさんあげると次の日にはシャキン!!!としていてその姿を見るたびに元気をもらえます。

 

盆栽のことをふと考えるとき、私は頭じゃなくて五感や心で考えているのだろうと思うのです。

 

みなさん、年度末でバタバタと毎日が過ぎていきますが、そんな日に、表参道のあの場所は、素敵な息抜きを与えてくれるかもしれません。

 

ということで、みなさん今日も心の盆栽育てましょう〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ!「スタバでMac」に迎合してみよう!(中目黒編)

学生の頃、スタバでMacを開いてる人を見ると

「なんや! スカしやがって!(僻み)」とこっちも負けじとスカしておりました。

 

けど、最近は「ええやん! なんかそれで気分上がるなら積極的にやってけばいいやん!」と、高速手のひら返しを見せつけ、自分もスタバでMacをカタカタしたりしてるのです。

 

が、ここに至るまでは「あっ、このままじゃ解脱しちゃいそう!」というささやかな危機感がありました…

 

つい最近まで住んでいた社宅は遊びに来た友達に「ばあちゃんち」呼ばわりされ、挙句には私本体まで「ばあちゃん」と呼ばれるような摩訶不思議ハウスでした。

築40年以上、団地仕様、畳に、押入れ、台所の扉の窓は植物の模様が入ったすりガラス、風呂はガス釜(置き型タイプ)、牛乳瓶受けもついてるよ…

しかし、そんな家ですが、なかなか清潔にリフォームされていて、高台にあるため、夏は風が吹き抜けて結構私本人として気に入っておりました。(夏にクーラーの効いた畳の部屋でゴロゴロするの、結構好きだった)

 

しかし、ここで一つ問題が。

 

春が来れば、梅酒をつけ、冬がくれば鍋をする…そんなおばあライフを謳歌していると加速度的に「なんか楽しいことしたろ!みたいなエネルギー」というか、そもそも「外出しよ!」という気持ちさえなくなっていくのです。

なんというか「心のワクワクアンテナ」のようなものも弱まっていくような気がしました。

中野に住んでた頃はよく飲みに行ったり、美術館行ったり、いろんな街行ってたのになん。

 

そんな訳で、「そうだ! せっかく東京にいるんだし思いっきりオシャレな街に住も!」と思い立ち、東急東横線沿いに引っ越して来た訳です。

 

「ワクワクアンテナ」を維持するために、無駄に表参道の美容室に行っていましたが(梅酒ばあさんを20代につなぎとめる唯一の命綱)、東急沿線のすかしっぷりは表参道をしのぐ徹底ぶりでありました。

 

本当は川のこちら側、渋谷寄りの祐天寺や学芸大あたりに住みたかったのですが、現在の私の社会人レベルではかなりエキセントリックな家に住まざるを得ない状況でした。

そこで、川の向こう側に住んだ訳ですが、ここも東急には違いない。これから東急楽しむぞ!私はうきうきしておりました。

そんな中、名古屋から友人が久しぶりに帰ってくるというので、「中目に行こう!」と勇んで声をかけたのです。

 

通称中目、中目黒。

芸能人もよく出没するというオシャレタウン。

 

早速改札を出ると蔦屋書店が!

なんつーか、代官山や六本木の蔦屋とはまた一味違う。

店内でオシャレなバンドマンが演奏しちゃってるし。

一歩踏み入れた我々は思わず「すげえ…」とハモってしまいました。

 

ちなみに中目黒、高架下を大々的にリニューアルし、とても、いや、かなり、いや、超絶オシャレになっておりました。

オシャレ具合はこちらの公式サイトでも伝わってくるかと…

www.nakamegurokoukashita.jp

 

我々は嬉々としてオシャレなカフェに入り、「あ〜、わしら、オシャレやん」と「わしら、なんか、大人やん」と勝手に幸せ係数を高め合っておりました。

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↑写真は入りたかったけど混んでて入れなかったおでん屋さん。悲しいから写真だけ…

 

夕食の時間になり、なんか「素敵な店行こう〜」(雑)と目黒川沿いに向かって歩いておりますと、なにやらまた小洒落た気配が…夜のオシャレな気配って照明がめっちゃ重要な気がしてます。照明プランナーになりたいです。

 

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お店の前の人待ち顔の女性さえ、オシャレです。

私が勝手に「中目最高だわ〜」といたって中身のない感想をのたまっておりますと、「あれ! あれはオシャレ!? オシャレなのっ? これはもはや、オシャレなの?」と日頃名古屋に閉じ込められ、久しぶりにオシャレの風に当てられて少しだけおかしくなった友人が騒ぎ立てて来ました。

「おっ?」

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通称中目、中目黒。

オシャレって行き過ぎるとわかりませんよね。

パリコレとか、私には難しいもの。

 

そんなこんなで私たちは素敵な店(食事も良かったけど店員さんのお気遣いが最高だった)で夕食を食べ、無事、ワクワクアンテナを高めることに成功したのです。

 

オシャレって、半ば自己満だけど、それはそれで毎日にやる気が出たり、気持ちが乗って作業が進んだりするなら、それでいいよね〜と思う今日この頃です。

自分がしあわせな心持ちでないと、なかなか人にやさしくもなれないですしね!(たんに私の心が狭いという説もある)

 

ちなみにこの「オシャレ」な記事は、オシャレの代名詞「串カツ田中」でホッピーを飲みつつ書いています。

店内のBGMは西城秀樹のYMCAと久保田早紀の異邦人。

そういう場所も大好きなのです。オシャレの極み。

大学時代の主たる生息地は高円寺の高架下でした。

 

それではみなさん、今週もゆるりと過ごしましょう〜。